「新しき村」に一人暮せる省吾さん犬を飼ひをり「いぬ」と名づけて
武者小路実篤が大正七年に宮崎県木城町の石河内に開いた「新しき村」はユートピアを目指していた。全国から多くの青年男女が集まった。その後に紆余曲折があり、今は松田省吾さんが一人で村を運営している。彼は北海道出身で、私と同年だ。幾度も私は村を訪れており、最近は今年の春に訪ねた。一人だが、亡き妻と武者小路房子夫妻の三人と暮らしていると言った。村の中に三人のお墓があった。省吾さんと歩いていたら、白い犬が近寄ってきた。私が犬の名を聞くと、彼は「いぬ」だと答えた。そして「いぬ」と呼んだ。理由は知らない。すべてのいのちが「往ぬ」という意味なのか。その犬は「いぬ」とよばれしっぽを振って嬉しそうに近寄ってきた。
作者/伊藤一彦(いとうかずひこ)
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1943年、宮崎市生まれ。「心の花」会員。「現代短歌 南の会」代表。若山牧水記念文学館長。読売文学賞、寺山修司短歌賞、迢空賞、斎藤茂吉短歌文学賞など受賞多数。
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