No.185/2024年7月3日【それでも】 わがリルケ言ひき死とひきかへにしてそれでも書かずにゐられぬかと

伊藤一彦

ライナー・マリア・リルケというまず美しい名をもつ詩人。大学時代に『ドゥイノの悲歌』や『マルテの手記』を読んだ。薔薇の棘がささって死んだという逸話がふさわしいような繊細な感性と深い詩想に心惹かれた。当時読んだ岩波文庫の『ドゥイノの悲歌』は古びているが今でも持っている。新潮文庫の『若き詩人への手紙 若き女性への手紙』も持っている。この本の冒頭に「もし書くことを止められたら、あなたは死ななければならないか」とあった。私は書くことをやめて命の方を選ぶと思った。詩人の資格は自分にはないと思った。そして、棘のよ ように刺さったリルケのこの言葉から後にようやく脱することができた。命と引きかえにしてまで書こうとする本物の詩人でない、ありふれた普通の人間にも「書かずにいられない」ことがあるとだんだん考えるようになった。年をとると、自身にあまくなるか。

作者/伊藤一彦(いとうかずひこ)

1943年、宮崎市生まれ。「心の花」会員。「現代短歌 南の会」代表。若山牧水記念文学館長。読売文学賞、寺山修司短歌賞、迢空賞、斎藤茂吉短歌文学賞など受賞多数。

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