何はさむ 道具箱より鋏を取り出して妻は庭に消えたり
私は子どものころから不器用だった。「何をさせてもほどのよさ」と人から皮肉られた。しかし、両親は言わなかった。父も母も私に優るとも劣らず不器用だったからである。結婚して、家の中でたとえばのこぎりを挽くとか、金づちで釘を打ち付けるとか、普通の家では夫の役割だろうが、私の家ではそうでなかった。私が道具を持って何かをしようとすると、妻が見るに見かねてその仕事をかわってするのである。情けないけどありがたい。私もやっとことペンチの違いぐらいは知っているが、この日も道具箱からやっとこを妻に渡して、あとは彼女の働きである。
作者/伊藤一彦(いとうかずひこ)
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1943年、宮崎市生まれ。「心の花」会員。「現代短歌 南の会」代表。若山牧水記念文学館長。読売文学賞、寺山修司短歌賞、迢空賞、斎藤茂吉短歌文学賞など受賞多数。
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