人間の賞味期限は生きてゐる限りよと亡き母の春の声
ハルノ宵子の『隆明だもの』をまさに春の宵に読んでいた。父親吉本龍明の長女による「型破りな追悼録」だ。「ノラかっ」の章で、ハルノさんは「昔から猫は、死を予感すると姿を消すと言われている」ことに反論している。「自分がもうすぐ死ぬなんてことを予測して生きる動物なんているわけがない」と。「動物はすべて、死ぬ瞬間まで生きようとしている。そろそろアブナイかな‥というノラが、軒下の暖房入りの箱にうずくまっている。でも或る日力を振りしぼって、1歩2歩と箱の外へ出てヘタりこんでいる。また暖かい箱の中に戻してやる。しかし翌日には、10歩進んだ所で力尽きて死んでいる。(中略)死ぬために出てゆくんじゃない。1歩でも2歩でも、自分の力で生きるために」。目が見えないのに夜間に一人「野垂れ死にするつもり」か出かけようとした最晩年の父を追想する文章にある猫の話である。
作者/伊藤一彦(いとうかずひこ)
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1943年、宮崎市生まれ。「心の花」会員。「現代短歌 南の会」代表。若山牧水記念文学館長。読売文学賞、寺山修司短歌賞、迢空賞、斎藤茂吉短歌文学賞など受賞多数。
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