No.339/2024年12月4日【かがみ】 死後もなほかがみの父よ及ばざる息子のわれはただ日なたぼこ

伊藤一彦

12月に入りさすがに宮崎も寒くなってきた。今よりは寒さの厳しかった子どものころを思う。昭和20年代から30年代にかけての冬である。家が薬屋で、店を閉めてもお客に起されることが多いので、夜遅くまで戸を開けていた。昔の店である。寒風が家の中まで吹き込んで手足の冷たくなる店番だった。暖房は火鉢、のちにはストーブにかわった。父は働き者で、優しかった。一度も怒られたことがない。お客さんからは仏様のようだと言われた。商売には不向きで、儲からなかった。父は自分の親が早く死に、弟妹が何人もいたので、薬屋の資格を取って早く生計を立てたらしい。戦中戦後の大変な苦労は語らなかった。そんな父は私の鑑(かがみ)である。父のことを想うと、まだまだ及ばないことばかりである。一昨日は父の誕生日だった。

作者/伊藤一彦(いとうかずひこ)

1943年、宮崎市生まれ。「心の花」会員。「現代短歌 南の会」代表。若山牧水記念文学館長。読売文学賞、寺山修司短歌賞、迢空賞、斎藤茂吉短歌文学賞など受賞多数。

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